■ 5-89 ■ |
球体をした鈍色の空間には甘いような苦いような吐き気を催す匂いが充満していた。 強烈な白光のせいで目は閉じたままであり、音という音は暗黒に吸い込まれる光のように、光白に飲まれ何も聞こえない。 「先ほどの話、どう思った」 スルトが訪ねると有伶はしばしの時を置いて答える。 「ノースシーの言っていたあれですか。ラジエルの書が読み解かれていたというのは可能性として考えられたことです、事実では?」 「うむ。まったく厄介なことが確定してしまった。テーヴェが何故これほど早くダリヤを稼働できたのか。オートゥハラという特別種とはいえ、ただの一ソムニアであるビアンコが如何にしてオルタナ建設のための礎を創造界に属する上位器官ティファレトへ築き上げたのか」 「二人とも神の智を持つ巨人と成った──ということでしょう」 「つまりはビアンコの復帰が絶望視されている今、ダリヤとテーヴェを消し去りたくとも我々には打つ手がないと言うことだ。 ラジエルの書を通じて造り上げたのがこのオルタナでありダリヤだとすれば、どちらも決定的な攻撃を加えなければ滅することなどできないだろうと予想が付く。 そしてダリヤを叩こうにも、我々には形成界イェツラーへ行く道がない。 最大の手札だった成坂亮はエデンへ逃亡。ラジエルの書を読み解く能力者なき今、あの子供を追うことは時間の無駄で愚の骨頂だ。 仮に亮を手にするチャンスが巡ってきたとして、上泉秀綱が放っておくわけがない。あの災厄そのものとやり合えるのはビアンコのみだろう。ビアンコの守護なき我らにとって成坂亮は触れてはいけないエデンの林檎だ。 残された我々に出来る数少ない道の第一歩は、テーヴェよりも多く石炭を吸い上げ燃やし続けること──それのみ」 「私たちもテーヴェと同じくヒトのアルマを使って疑似生樹を稼働させる方向で行くと、そういうことですか」 「何もしなければ人類は革新を迎える前に絶滅する。遅かれ早かれ滅亡するならそれを防ぐために動く我らは純粋に正義であり、この危機を乗り越えた先に主導権を握っている者こそ、革新後人類の旗振り役となる。 我らはイェツラーより上位の“ティファレト”を押さえていて地の利がある。さらに亮を三百日以上手元に置き、内七十二日間はオルタナへ漬け込めた。亮からアルマ血、肉体血ともに十二分の採取を行えているおかげでアルマコピーも作り放題。資源のパイはイリヤを手にしているであろうテーヴェを凌駕している。生樹に流れるアルマを使い出力さえ上げられれば後れを取ることはない。 ダリヤが根を張る流れを見つけそこから重点的に汲み上げる。 その出力をもって“ケテル”へ回路を繋ぎさえすれば我々の粘り勝ちだ」 「今まであなたはヒトのアルマを動力として利用するのを嫌っていたと、他の研究員からは聞いていますが──」 「私ではない。おまえの前任である蔓草の意見だ」 「ああ、なるほど。その評判は有伶のものということ――ですか。ではスルト、あなたは別にその点にこだわりはないと言うことですね。私と同じ意見で安心しました」 「同じ意見――当たり前だ。おまえには私の脳を解放したのだからな。現状、一早く研究者として独り立ちしてもらわねばならない状況で背に腹は替えられなかった。こうして脳内で会話できる事実もその恩恵だな。前の蔓草とは“声”を通してでしか意思疎通はできず、面倒きわまりなかった」 「あなたの内へ招き入れられた折その無防備さに驚愕しましたよ。だからこそもう一つ何か柵が設けられているのかとも思いましたが――、もし丸ごと解放してもらっているのだとすれば正気の沙汰ではありませんね。それほど私を信頼してくださっているとは嬉しい限りです」 「――ただ一つおまえの難点は、おまえは私でしかないと言うことだ。全く違う視点からのアプローチができたからな、前の蔓草は。 私が選んだやり方とはいえ、マルチコアとマルチスレッドほどの差が出てしまうのは残念だ」 「それは無い物ねだりですよ、スルト。代わりに私はあなた自身の頭脳活動を倍加させることができる」 「確かに。己の考えの加速は方向性の固まっている今、正義とも言える。今オルタナへ組み込みつつある“ケテル回路の運用によるアルマ選別サーキット”を生樹へ寄生させることさえできれば――勝つのはIICRだ。 我々には走り続けるしか道はない」 「オルタナとダリヤ。二点で同時にアルマを吸い上げ消費し続ければ、人類の消滅も早まります。枯渇する前にケテルサーキットの運用は間に合いますかね」 「人類が消滅する前に片を付ければ良いだけのこと。ケテル回路を完成させ人類をソムニア管理下へ完全に置くことにより調整を計れば、この世界は整然とした安定を手に入れられるのだ。人類のアルマが1/10になろうと1/100になろうとすぐに増えるさ。 彼らの繁殖意欲ときたら賞賛に値するレベルだからな。 富と力、知識と知恵を持つ、長命のカラークラウンでさえその全てを投げ捨て性欲の奴隷と成り下がり、卵の殻に過ぎない少年に溺れたほどだ。 新世界にさえしなければ“人類の英知と文化”は残る。ヒトは簡単に湧き、増え続けることが出来る。それはもう逞しくごきぶりのようにな」 「まるであなたは人間ではないような口ぶりだ。人類が蟻だとするなら蟻そのものに価値はなく、彼らの生み出した蟻塚こそが宝玉だと言わんばかり」 「ヒトと一括りに言っても価値ある者はその上澄みのほんの数パーセントだと私は考えている。輝く蟻塚を作れるのはその上澄みの蟻だけだ。 前の蔓草は私のその考えが気に入らず、蟻そのものを尊重していた節がある。 ヒトである私には草木の考えはわからんよ」 「草木でくくられるのはどうかと。私の意見は前任とは異なっていますので」 「ふん、双樹は実に面倒がなくていいな」 「それは私にとって最高の評価です。宿主そのものの出力を上げ、寄生した私の命をつなげることが、私の生存戦略ですので」 「では互いに今日は有意義な良い日──ということだな」 「そうですね。ようやく我らの『希望』を手に入れられたのですから」 「新人研究局員として、日々研鑽を重ねるルキ・テ・ギアのたっての要望が受理されたのだ。研究局トップとしても喜ばしいことだろう」 「ずっと電話を掛けたがっていましたからね、ルキくんは。今回のこれはすてきなサプライズとなることでしょう」 「その手のことは『有伶』の方が得意だろう。着いたら全ておまえに任せる。私はそろそろ限界だ。一眠りした後、内部でダリヤの刪削手段でも講じるとしよう」 光により無音だった空間にかすかな機械音が入り交じり始めた。 有伶は目を閉じたまま声を掛ける。 「もうすぐ樹根核だよ。気分は最悪だろうけど到着すれば新鮮な空気が吸える。今は堪えてくれ、ハルフレズくん」 白光にみたされたランチ内部には濃密な甘苦い香りが立ちこめ、空気がシロップのように肺になだれ込むせいで胸が重苦しい。これがまたアクシス酔いを加速させていく要因の一つだ。 アクシスでの航行に慣れているはずのスルトでさえ半日はダウンするのだ。今、傍らで膝を着きうずくまっている男ならば、翌日まで身動き一つ取れないに違いない。 感動の再会は明日以降に持ち越されるだろうと予想を立て、植物である双樹は平然と顔を上げる。 ランチが今身震いし前方から風が吹き始める。 樹根核到着から、丸一日が経過していた。 ハルフレズは染み一つない白衣を纏って進むウィスタリアの傍らを進んでいた。 地下のラボに降りてからというもの、空調の効いているはずの通路で徐々に気温が上がり始めているのが気になった。 ウィスタリアが立ち止まり、それに合わせてハルフレズも足を止める。 見上げるのは重厚な合金製の扉だ。 「少し気温が上がるから覚悟してください」 振り返りそう言うと、内側から操作でもされているのだろうか。ゆっくりと扉が開き始め、それと同時に強烈な熱気がハルフレズの頬を叩いた。 瞬時に己のイザを稼働させ、吹き出そうとする汗を無意識に抑え込む。 灼熱の砂漠へ迷い込んだかのような乾いた暑さだった。 剥き出しの地面。剥き出しの岩肌。 黄色いランプに照らし出された巨大な空間は、凹凸の陰影で周囲を黄黒の斑模様にカラーリングされているようだった。 だが最も目を引くのは中央で輝く黄金色の泉である。 輝度が高く目を痛めるからと掛けさせられた耐光グラスを通しても、その光の強烈さは窺い知れる。 グラス越しに泉を凝視してみるが黄金の泉は小波一つ立っておらず、周囲のライトを鏡のように反射させ中をうかがうことはできそうになかった。 『エロハの泉』と呼ばれるその場所は本来は天然のものであるそうだが、その縁を無数の蝶の目のようなガラス質の建材で補強しているせいで人工的なプールのように見えた。 この泉の内側に研究局の全てを注ぎ込んだ『オルタナティブ・ツリー』が植えられていて、枯れかけた生樹の補助を担っているらしい。 諜報畑という現実的な世界ばかりを歩んできたハルフレズにはその仕組みも効果も理解の外だが、この場所の傲岸で尊大な存在感は否応なしに彼の上へのしかかってくるようだった。 ここがルキの現職場なのだ。 足を止めていたハルフレズは再び歩き始める。 ウィスタリアから「ルキくんの職場見学に来ない?」と誘われたときはチャンスだと思った。 その誘いに乗る振りをし、強引にでもルキを連れ帰る算段をつけてこの場にやって来たのだ。 昨日の段階で既にヴァーテクスには、ルキの休暇申請を受理させている。 研究局長のウィスタリアや樹根核観測所のスルトがどう言おうと、自分とルキ。二人分のアクシス使用許可も取り付け済みだ。 三ヶ月以上前。最後の通信で「もう、しばらくは連絡できない」と言われたことを思い出す。 しばらくとはどれくらいかと聞いたハルフレズに、ルキは困ったような顔をするだけで答えることはなかった。 映像の乱れのせいか、酷く顔色が悪かったように見えた。 慣れない環境でまともに休みも取れていないに違いない。 三ヶ月以上となるとIICRにおいても規約違反であることには間違いがなく、ヴァーテクスのお墨付きがあるハルフレズを止める権利など誰にもない。 そして、連れ帰った後ここへ戻すつもりはなかった。 たとえIICRを出ることになろうとも、ルキをこれ以上樹根核などという分断された孤島へ置いておくことなどできはしない。 そんな鉄心石腸の思いでこの地に降り立ったハルフレズだが、ルキには今日ここへ自分がやってくると言うことは知らせていない。 「がんばっているルキくんへサプライズをしよう!」などと有伶から提案されたハルフレズはそんな子供じみた演出など全く興味はなかったが、ルキの性格ならば報せれば必ず反対されるであろう事を予期していたからだ。 「足下気をつけて」 そんな武官には不用な注意喚起など耳にも入ることなく、ハルフレズは歩き続けた。 気持ちが逸る。 会ったらきっとあの丸い顔が真っ先に泣きそうな顔になって、それから笑顔になって、そして最後に「なんできたの!」と怒り出すのだ。 前方に見える壁面に貼り付いた小部屋に、彼は居るのだろう。 あの管制室のような場所でルキは今も慣れない業務をこなしているのだろう。 十分近く歩かされようやくたどり着いた削り出しの階段を十数段上り、有伶に続いて管制室へ入る。 一転の薄暗さに思わずグラスをはずした。 目が慣れるのを待てず周囲全てに視線を放った。 その目に映るのは、薄暗く狭い部屋。いくつものモニターから漏れる色のみが光源の、深海のような部屋。 中は強い空調が効いているようで肌寒いほどだ。 右手には洞窟内を見渡せる窓が長く展開されていて、その上部にはモニター画面が二十ほど貼り付いている。 窓下には管制用のコンソールが同じ長さで設置されており、四人の研究員が忙しげにキーを弾いていた。 他には奥のデスクに二人、手前のデスクに三人。計九人ほどの人間がその場に居た。 だが──ルキの姿はどこにもない。 「ああ、ルキくんを探しているんですか? 彼は持ち場に着いて職務中ですよ。ほら──」 そう言ってウィスタリアの指さした先にある大型モニターに映し出されたのは。 両手を広げ、薄らと目を開け、まるで空を飛ぶように浮かぶ一人の少年。 いや、文字通り彼には空を飛ぶ為の器官が新しく携えられていた。 右側には白。左側には黒。三対の翼が画面いっぱいに広がり、泉の中の蝶の目から伸びる糸と繋がって──、一糸纏わぬ姿はまるで飾られた蝶の標本のように美しく揺れていた。 「っ──────、ぁ、ぁ…………、ぁ、なにを……、して……るんだ。っ、ルキ、ルキっ! あんたたちはルキに何を!」 声が擦れ、震えた。 血が滴るような声だった。 キメラと変えられた恋人はただぼんやりと瞬きをし、ハルフレズの声など届いてはいないようだった。 あの泉に。 今横を通り過ぎた灼熱の泉の中にルキは居たのだ。 「今すぐ出せ、ルキを──、すぐに──っ!」 「悪いけれどそれは無理です、ラシャ。彼を引き上げるということは、世界が死んでいくということなので。これはルキくんにしかできない任務なんですよ」 「任務……、だと!? これが……、これのどこが……」 狂っていると思った。 人間の尊厳などこの場所には存在していなかった。 「少しでも会話ができればと思ったんですが、通信状態が今あまり良くないようですね。少しお待ちください──」 待つつもりなどなかったが、あまりの光景にハルフレズは身動き一つ取れなくなっていた。 思考も動きも停止し、それでどうにか気が違ってしまうのを防いでいたのかもしれない。 そんなハルフレズを良しとして、有伶が所員に何やら指示を下す。 するとすぐに窓外で無人リフトが動き出し、泉の上へ大きなセラミックらしき箱が掲げられると、中から何やらバラバラと投じられ黄金の鏡に小波が立つ。 落とされたのはどうやら五体ほどのマネキンのようだった。 窓上のモニターの一つに、クローズアップされたものが映る。 それは人形ではなく、ヒトだった。 どれも可愛らしい顔だったが所々爛れ、崩れており、そして皆同じ顔だった。 「成坂、亮──」 五人の亮たちは泉の熱に藻掻き、悲鳴を上げ、その喉すら溶け落ち、すぐに赤黒い塊となって黄金に消えていく。 生きたまま捨てられたのだと思い至ったとき、ハルフレズはその場に屈み、込み上げる胃液で床を汚した。 「心配いりませんよ、ラシャ。あれはアルマコピーであってヒトではない。亮くんのアルマコピーの中でももう使えず廃棄処分するものは、こうやって二次利用しているんです。これで泉の安定化が図れるというわけで」 「……、あんたたち、おかしいよ。こんなところにルキは置いておけない。俺はルキを連れて帰──」 『フレズ、くん? え? 嘘、だ。なんで、フレズ、くんの、声が……聞こえ、るの?』 その声は小さく弱々しかったが、確かにハルフレズの鼓膜を震わし、彼の耳に届いていた。 「ルキ──! ルキなのか!? 迎えに来た! 帰ろうルキ。俺と一緒にここを出るんだ!」 クールで気の強いイザ・ラシャのこんな悲痛な声はかつて誰も聞いたことがなかった。 所員達は少し気まずそうに彼を見て、そしてすぐに手元のパネルへと視線を戻す。 『…………ごめん。ボク、帰れないよ。これはボクしか、できない、仕事、だから」 「これのどこが仕事だ、任務だ! こんなの寂静刑より酷い、魂の凌辱だ──っ」 『でも、ボクはみんなを──失いたく、ない。生樹が、枯れれば……、世界が終わっちゃう。フレズくんも、いなくなっちゃう』 「それが運命なら従えばいいじゃねーか! 全員で消えるならハッピーエンドだっ」 『ボクは、嫌なんだ……。だから、亮くんの代わりに、ボクが、頑張ることに、したんだ──。あの子ばかりに頼ってちゃ、大人として、だめ、だからね……』 暗闇の向こうでルキが小さく笑ったのが聞こえた。 頭に血が上る。 また、あの子供だ。 成坂亮も同じ状況にあり、ヴェルミリオはそれを無理矢理奪ったのだとその時はっきりわかった。 あの事故はそういうことだったのだ。 『ボクは諦めない。世界を終わらせたりしない。だから、フレズくんは、帰って。……少しでも、話せたの、……うれしかった……ょ。元気で…………』 雑音が混ざり始め、声が途切れがちになっていく。 「ルキっ! 駄目だ、ルキっ!!」 「ウィスタリア、駄目です。あちらから回線が閉じられました」 「え? 困りますね、私はルキくんの安定と安全のためにラシャを呼んだんですが──」 渋い顔で頭を掻く有伶の両肩をハルフレズが掴んだ。 「きさま、許さない。今すぐに引き上げろ。今すぐにだっ!」 「ちょちょちょ、待ってくださいよ。向こうが拒絶してるのにそれはできない。ルキくんの肉体はここにありますがアルマはオルタナの中なんです。無理矢理肉体を引き上げたら、ルキくんのアルマは永遠に戻れなくなる。一旦こちらに戻って話し合うにせよ、中のルキくんがその気になってくれなくてはどうにもならない」 「っ──」 方便に過ぎないかとも思ったが、セラとアルマの関係を知るソムニアにとってその構造は常識であり、同じようなシチュエーションとも言えるこの状況に信憑性があることは残念ながら理解出来る。 「そうだ。ラシャ。あなたが向こうへ行って話してくるといい。こちらへ戻るというなら自分で説得してください。私たちはルキくん以外にも何人か鬼子をピックアップしている。ローテーションを組んで仕事をしてもらうつもりだったので、どうしてもというなら抜けてもらうこともできなくはないですからね」 思いも掛けない申し出にハルフレズは掴んでいた肩を放し、唇を噛んだ。 どう考えても話が出来すぎている。 これほどの施術をルキに為すのにどれだけのコストが掛かっているのか、一目見ただけで想像が出来た。 あの翼は恐らくヴェルミリオがPROCと共に深層セラで採取した貴重な白炎と黒炎だろう。そしてそれを肉体と融合させるのに他にも高価な素材が惜しげもなく使われているに違いない。 それを何人分も用意できるほど、IICRの経済事情は良くはないはずだ。 ましてやルキレベルの鬼子が今現在生きているソムニアの中にいるという情報は、諜報局のどこにも存在しない。 これは罠だ。 何もかも、全てIICRのいいように使われるだけだ。 やめろ。こいつら全員殺せ。そしてヴェルミリオのように無理矢理ルキを奪って逃げろ。 そう自分の直感ががなり立てていた。 「──…………まず何をすればいい」 だが──ハルフレズは受け入れた。 ずっと好きで好きで、追いかけ続けた恋人を、絶対に失えなかった。 ルキがそばにいない世界など、その可能性すら赦されなかった。 この時既に気づいていたのに、受け入れるしかなかった。 恐らく自分は二度と外の世界には戻れないだろう。 だがルキだけでもアルマを浮上させれば助け出せることもあるかもしれない。 三十分後。 元々そのつもりであったことが明白なほどに早く、彼は用意された銀色のポッドへ詰め込まれ──そしてルキの縫い止められた黄金の泉へ自ら沈んでいく。 その頃にはもうハルフレズの気持ちは不思議と安らいでいた。 ルキに、もうすぐ逢える。 |