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夏が来ていた。何回目だっけ? たぶん、四回目の夏だ。 近頃は時間の感覚が全然ない。日記を付けなくなったからかな。 エアコンを掛けっぱなしで窓を開けると、熱い海風がぶわりと吹き込んで肩に羽織ったタオルケットがはためいた。ほっぺがくすぐったい。 思わず目を細めるくらい真昼の光はキラキラしてて、空の青と雲の白がいたいほど鮮やかだった。 後ろからオレを呼ぶ声がして振り返る。 ベッドの上でシドが身を起こしていた。 最近はオレよりシドの方がだらけてると思う。 寝起きの不機嫌顔で少し長くなった朱い髪を掻き上げてオレに向かって指先をチョイチョイしてみせる。 ここへ戻れ、っていう意味だ。 オレはカーテンの波を掻き分けて青いシーツのベッドへ駆け戻る。 タオルケットごと飛びこんだ身体を強い力が引っ張り寄せ、オレは冷たい体温に包まれ視界を塞がれる。 「どこへ行く」 顔を上げるとオレの上に乗っかったシドが顔を寄せてきてキスされた。 ちゅっと音が出て恥ずかしくてオレは思わず腕を突っ張らせて押し返す。 「昨日もその前も訓練サボってる。だから今から……」 「動けるのか?」 長い指がオレの髪の中に潜り込んできて、頭の形を縁取るように撫でられた。 風でボサボサになったのを直してるだけなのに、ぞくぞくとオレの全身の毛穴がさざめいて足の指をギュッとしてしまう。 「別に、う、動けるし」 「ゆうべはもう死ぬとか聞いた気がするが」 「っ!! それは……」 おまえのせいだろ!って言いそうになって黙る。 ホント最悪だ! こいつ、真面目な顔してろくなこと言わねぇ! 色々文句言ってやろうと思うのに声が出ない。 顔を伏せたシドの肩が揺れていた。 笑ってる! ちくしょー!! オレの首元に掛かる朱いシドの前髪にくすぐられてカチンときたから、それをギュッと持って引き離してやろうと思った。 のに──。 オレの手は魔法みたく簡単にシドへ捕まえられ、あっという間にシーツへ押しつけられて、今度は息が出来ないキスを食べさせられていた。 シドの冷たい舌は大きくって俺の口いっぱいになってしまう。 思わず閉じようとする顎を片手で掴まれ、更に奥のくすぐったい上の天井を撫でられた。 「……ん……っ、ぅ……」 「──っ、訓練など明日でいい」 昨日もそう言ったじゃん──と口を突きそうになるが、あっという間にそんな余裕も奪い去られてしまう。 もう何日もずっとこんな日だ。 アブとアズの顔もしばらく見ていない気がする。 シドと訳わかんなくなるまで気持ちいいことして、いつの間にか寝てて、 起きたら冷たい水を飲ませてもらって、オレが御飯作って二人で食べて。 お風呂に浸かってまた気持ち良くなって、それで眠って──。 朝も昼も夜もわかんない。 少し前までは眠る度に見ていた昔の夢も今はなんでか全然見なくなっていた。 滝沢がオレの上で動いているときの顔や、覚えてなかったのに思い出してしまったスティールにイェーラを植え付けられたときの感覚。 エロハの泉に沈められ、背中の翼を引きずり出される痛み。 諒子を待ち続けて夜中いつもの神社に迎えに行ってみたあの日。 シドからの連絡を待ち続けてカレンダーを捲るのを止めてしまった毎日。 ミトラは如何にオレがこの世界に嫌われているかをぐいぐい目の前に押しつけて見せてきたけど、どうやらそれにも厭きたみたいだった。 オレの中のミトラがオレのアルマを壊すために見せ続けていた「夢ではない現実の繰り返し」はやっぱり俺を痛めつけたけど、目を覚ませばシドが居てオレがどんな体験を今し方までしていたのかなんて聞くこともしないで、ひんやりした指でオレの髪を撫でてくれた。 だからオレはあれは全部オシマイになったことで、現実は目の前に居るシドだけなんだと刻みつけられるみたいによくわかったんだ。 甘くて甘くて少し苦くなるくらい甘いシロップの中で、オレはシドと二人で浮かんでるみたいだと思った。 とても長いキスのあと、シドの器用で凶悪な指や薄くてひんやりした唇が、オレの身体でオレ自身ですら知らない場所まで信じられないやり方をもって暴き出す。 こんなに毎日されてるのに、なんで毎日壊れちゃうみたく気持ち良くされちゃうんだろう。 オレの頭が何も覚えられないバカ性能なのか、シドが変態の天才なのかどっちだ──? ……なんて考えも直ぐに消し飛んで、オレは「あ」と「や」と「シ」の三音しか声が出なくなり、上から押しつぶされるみたいにお腹の中をシドのゴツくて冷たい悪魔みたいなアレでいっぱいにされていた。 「亮──」 耳元で熱い声がする度、オレは返事でもするみたいに腰を突き出して何度も射精していた。 気持ち良くて死にそうだ。 シドはこうやってずっとオレの名前を呼んでくれるかな。 ずっとずっと毎日、オレが欲しいときにオレの欲しいだけ、オレの名前を呼んでくれるかな。 ループザシープは永遠にこのままだけど、オレたちもこのまま居られるかな。 オレみたいなガキんちょなんてそのうちやっぱ要らなくならないかな。 シドが飽きてここを出たらオレは一人になるのかな。 甘くて甘くて苦くて、 気持ち良くて苦しくて。 オレはシドにしがみついて泣いてた。 このまま溶けて消えてしまうのってどうかな。 シドとオレと甘いシロップの中に溶けて、オレたちがシロップになれたらいいのに。 腕の中で静かに寝息を立てる少年の顔を見つめる琥珀は、蕩けそうに熱を持ち狂気がちらつくほどに柔らかだった。 ここ半年ほどだろうか。亮の眠りはあまりにも穏やかだ。 あれほどにうなされていたミトラからの攻撃は止んでいるようだった。 新世界を創世するためだけに秀綱により創り出された人造の神が、そうも容易く己の存在意義を放棄できるとは思えない。 今やシドにとって生きる理由の全てである成坂亮。この小さな命の内側に巣くう破壊者は悪夢以外の手立てでもって亮のアルマの頸木をへし折り、今まで己を育んだ揺り籠を食い破って外界へと出るつもりに違いない。 十分目を光らせていなければいけない。 百年経とうと千年経とうと破壊の神など時のループの内に凍り付かせてみせる。 否──。ここには時がない。 永遠ですらないほんのひととき。 卵の中身を凍り付かせ、シドと亮は同じ時を巡り続ける。 それだけでいい。 |